「どうしてあの人は、ダジャレを言われても返しが面白いんだろう?」
そんなふうに感じたこと、ありませんか?
僕も以前は、ダジャレを言われると、返事に困ってしまい固まるタイプでした。
「え?全然面白くなかったけど…(どうしよう?)」
「今の笑うところ?」「スルーしたら悪いのかな?」と返しの判断に迷い、
結局「はは…(気まずい…)」と愛想笑いだけしてその場を終わらせてしまう。
ダジャレを言われた時の返しって、頭の中が真っ白になって難しいんですよね。
でも、返しがうまい人を観察していて気付いたことがあります。
そのダジャレが面白いかどうかより、
どの部分を汲み取って“どう扱うか”の方がすごく大事だったりする。
センスがずば抜けているというより、「温度」と「扱い方」が絶妙なんです。
この記事では、ダジャレを言われた時の面白い返し方を5つに分けて整理します。
ダジャレを言われた時の面白い返し方①:まず“ちゃんと受け止める”(微妙であっても)
ダジャレを言われた瞬間、反応に困ってしまい、流してしまう人は少なくありません。
以前の僕も「どう反応すれば正解なの?」「正直、困ってしまう…」と困るあまり、
その場を早く終わらせようとしてしまう。
でも、返しがうまい人は違います。
たとえそのダジャレが面白くなくて微妙であったとしても、一度、きちんと受け止める。
たとえば不意に相手から「アルミ缶の上にあるミカン」と言われたら、
無視して次の話題へ行くのではなく、
「ちょっと待って、今どこに置いた?」
とあえて“検証モード”で返しを入れる。
この返しがあるだけで、ダジャレが“事故”ではなく“素材”に変わるんです。
ダジャレはスルーするものでも、潰すものではなく、少しだけ上手に扱うもの。
その余裕があるかどうかで、的確な返しが生まれ、空気感は大きく変わります。
ダジャレを言われた時の面白い返し方②:内容に共感した上で「論点(話の軸)」をズラす
ダジャレに対して、さらに強いダジャレで被せる必要はありません。
むしろ僕の場合、論点をズラす方が自然かな?感じているタイプです。
たとえば、「布団が吹っ飛んだ」と言われたら、普通はシーンとしてしまいますが、
「風速何メートル?」と現実的に聞く。
ダジャレの内容に共感した上で、少し“論点(話の軸)”をズラす。
この“現実寄り”の返しや“大げさに捉える”返しがダジャレを昇華してくれます。
ダジャレを真正面から評価しない。
肯定も否定もしない、ジャッジしても何も変わらない、という感覚です。
その代わり、こちら側でダジャレの内容の角度を変えて、新たな展開を生む。
これだけでも、ダジャレが放たれた後の殺伐とした空気感が和らいでくれます。
ダジャレを言われた時の面白い返し方③:あえて“真面目に取り締まる”
ここから少し踏み込みます。
ダジャレを言われた時、一番やってはいけないのは「無反応」ですが、
次に多いのが「無理に盛り上げる」こと。
でも、正直いうと気も遣うし疲れます。
そんな時“取り締まり型”の返しはシュールなのに少し面白い展開にしてくれます。
たとえば「カレーは華麗だ」と言われたら、
「はい、今のは軽微ですが記録に残します」
と、なぜか公的機関の人が何かを取り締まる時みたいに言う。
あるいは、
「〇〇さん、ダジャレ税が発生しています」
と国の制度化みたいにしてしまう。
これの何がいいかというと、相手のダジャレを“いじりながらネタ化”できること。
真正面から笑わなくていい。ダジャレの面白さの評価もしなくていい。
でも、無視もしない。
ダジャレを“公的な事項案件のように”あえて設定して処理する。
この立ち位置に立つと、ダジャレは脅威ではなく、どう返すかの燃料になります。
僕自身、ダジャレに困っていた頃は、
自分の返しもジャッジされるので一度に脳の処理が押し寄せフリーズしていました。
でも違った。一歩引いて扱えばいいんです。評価しなくていい。処理すればいい。
そう考えると、かなり楽になります。
ダジャレを言われた時の面白い返し方④:自分の世界観に引きずり込む
ダジャレを受けた後、そのまま終わらせるのではなく、自分のフィールドに持ち込む。
たとえば、
「寿司が好きすぎて、すし詰めだよ」
と言われたら、
「うちは回転率重視なんで、お愛想(会計)をお願いできますか?」
と“寿司屋の店主”になる。
あるいは、
「その発想、だいぶ熟成していますね」
となぜか“グルメ評論家”になる。
ここで大事なのは、
ダジャレの質を評価することではなく、そこから自分の世界戦で返すこと。
ダジャレはきっかけに過ぎません。
返しが面白い人は、ダジャレを“自分の会話の材料”に上手く変えています。
僕も以前は、ダジャレを言われると受け身でした。返し方に困り果てる感じです。
でも今は、「あ、来た」と思える。
ダジャレをきっかけに、自分の世界観を1ミリだけ差し込んで想像してみる。
その積み重ねで“返しが面白い人”という印象は作られていく気がします。
ダジャレを言われた時の面白い返し方⑤:沈黙を“味わう”
正直に言います。僕は、ダジャレの後の沈黙、あれが一番こわい。慣れないです。
ダジャレの放たれた言葉だけが宙に浮き、
誰も言葉を発さない、その場にいる者同士が目を合わせるあの感覚。
でも、気まずい瞬間こそチャンスです。
すぐに何か言う必要は無くて少し考える。わざと首をかしげる。空を見上げる。
そして、
「今、空気が一瞬だけ氷点下になった?あれ、気のせいかな?」と静かに言う。
ダジャレを言った相手へのいじりを含んだ、客観的な感想を言って場を繋ぐ。
沈黙を恐れて急いでも、正直言ってなかなか面白い言葉は出てきません。
でも、沈黙を“演出”のように扱えると、ダジャレは一段上のネタになってくれます。
ダジャレは、即答バトルではありません。
焦らなくていい。急がなくていい。
落ち着いて呼吸してから出す「素直な感想が乗った一言」の方が、だいたい面白い。
これは経験上、ほぼ間違いないと感じています。
まとめ|ダジャレの返しは“軽くポンッとトスする感覚に近い”
ダジャレを言われた時の面白い返し方をまとめると、
これらは全部、高度なギャグセンスではありません。
- まず受け止める余裕
- 真正面から評価しない
- 少しズラす
- ネタとして処理する
- 自分の世界観に持ち込む
- 沈黙を恐れない
ダジャレに対する“姿勢”です。
僕も以前は、ダジャレを言われると結果的に自分も試されている気がしていました。
でも今は少し意識が変わっています。ダジャレは、会話のひとつに過ぎない。
無理に強く打ち返す必要は無くて、軽くポンッとトスする感覚に近い。
不意にダジャレが来ると「うまく返さなきゃ」と力を入ってしまい空回りします。
少し肩の力を抜いた方が、ちょうどいい。
無理に笑わせない、無理に盛り上げない。
1ミリだけでも、そのダジャレを扱えたら、それで十分な気がします。
そのくらいの余白があることで、今よりずっとラクになると思います。


コメント